独身だと騙されていた場合,妻からの不貞の慰謝料を払う必要はない?
いきなり,あなたの手元に妻から不倫の慰謝料請求書が届きました。
「え,どういうこと!?」
あなたが付き合ってた男性が,実は既婚男性で,あなたはその男性から騙されていたのです。
さて,既婚男性が既婚者であることを隠していた場合や独身であると嘘をついていた場合でも,あなたは,既婚男性の妻からの不貞の慰謝料請求を払う必要があるのでしょうか?
しかし、あなたとしては相手の男性が既婚者であると知らなかったのですから、不貞慰謝料請求をされるのは納得がいかないことでしょう。
そこで、相手の男性から独身であると騙されていた場合にも、不貞の慰謝料を支払う必要があるのかについて今回はお話しします。
目次
1 不貞の慰謝料請求が認められるためには,故意過失が必要
(1)不貞の慰謝料請求が認められるための4つの要件
不貞の慰謝料請求は,民法709条が根拠となります。
そのため,民法709条に定める要件を満たした場合に,不貞の慰謝料請求も認められる瑠ことになります。
具体的には,以下の4つの要件になります。
①故意又は過失の存在
②権利侵害行為
③損害
④ 因果関係
そして,独身だと騙されていた場合には,既婚者であると知らなかったことから,①の故意又は過失があるといえるのかどうかが問題となります。
(2)既婚者だと知っていれば故意が認められて慰謝料を払う必要がある
不貞の慰謝料請求における故意又は過失の対象は「相手方が既婚者であったこと」です。
たとえば,独身女性(以下,「花子さん」といいます。)が,既婚男性(以下、「太郎さん」といいます。)と交際して性的関係を持ったとします。
その後,既婚男性の妻(以下,「良子さん」といいます。)に関係がバレたとします。
このとき,花子さんは太郎さんが既婚者であることを知っていれば,「故意」が認められるので,良子さんは,花子さんに不貞に基づく慰謝料請求ができます。
他方で,花子さんが太郎さんが既婚者であることを知らなかった場合には,直ちに慰謝料を払わなくてよくなるわけではありません。ここは,次の項目で詳しく説明します。
(3)既婚者だと知らなくとも過失が認められて慰謝料を払うケースもある
実は,先ほどの花子さんが,太郎さんが既婚者であると知らなくとも,知らなかったことについて「過失」がある場合には,慰謝料請求が認められることになります。
ここで,どのような場合に,既婚者であると知らなかったことについて「過失」があると
いえるのかを説明していきます。
2 独身であると騙されていた場合に,不貞の慰謝料請求の「過失」は認められない
(1)不貞の慰謝料請求の「過失」の意味
ここで,「過失」とは,権利侵害の結果発生を認識することができたにもかかわらず、不注意によりその認識を欠き、結果を発生させてしまったことをいいます。
つまり,不貞行為の慰謝料請求の場面の「過失」とは,
「既婚者であることを知ることができたにもかかわらず,不注意により既婚者であることを知らなかった場合」に,認められることになります。
そして,不注意により知らなかった,というためには,
- 既婚者であるかどうかの確認義務(予見可能性)があったのかどうか
- 既婚者かどうかを確認したとして,既婚者であると分かったのかどうか(結果回避義務違反)
が問題となります。
既婚者であるかどうかの確認義務がそもそもなかったり,確認したとしても同じく独身であると嘘をつかれた場合には,不注意により知らなかった,ということもできないためです。
(2)交際や性的関係をもつにあたり,交際相手が既婚者であるかどうかを確認する義務はないのが原則
人が誰と交際したり,誰かと性的関係を持つことは,本来規制されるものではありません。
この点に関して,述べた裁判例もあります。
①東京地判平成28年1月18日 |
「他人に対する感情は人としての本質の一つであり,恋愛感情もその重要な一つであるから,かかる感情の具体的現れとしての異性との交際,さらには当該異性と性的な関係を持つことは,自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものであるといえ,異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない自由は,幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される。」 |
そのため,人が誰かと交際したり,誰かと性的関係をもつことについて,いちいちその相手が既婚者であるかどうかについて,確認する義務があるとは考えられません。
この点に関しても述べた裁判例があるので,紹介させていただきます。
②東京地判平成29年11月7日 |
「不貞行為に関して、当事者となる者が、相手方との関係で、同人が既婚者であることを確認する法律上の義務を一般的に負っていると解することが出来ず、あくまで具体的事情の下で、交際相手が既婚者であることについて疑義を生じさせるべき事情があるか否かという観点から過失の有無を判断すべきものと解される。」 |
このように、人が異性と交際を開始し、性交渉を持つことは出来る限り尊重されています。
よって,交際したり性交渉を持つに当たって相手方が既婚者であるか否かを積極的に確認するべきとする理由はないのです。
そのため,独身であると騙されていた場合には,なおのこと,不貞の慰謝料請求の「過失」は認められない,といえるでしょう。
(3)具体的事情によっては,既婚者であるかどうかの確認義務が生じて過失が認められることもある
他方で,上記裁判例①に照らせば、具体的事情によっては花子において太郎が既婚者であるか否かということを確認しないことで,過失が存在すると認定されることがあります。
例えば、以下の裁判例を見てみましょう。
③東京地判平成30年5月25日 |
「花子は、太郎に幼い子がいることを知っていたこと、…花子と太郎は一緒に外出することがあり、その際、チャイルドシートを取り付けた太郎の車に同乗するということもあった。そして花子は、会社に勤務していた際、太郎に幼い子がいることを知っていたのであり、退職後も、良子と婚姻した太郎と、太郎の同会社の同僚を交えて会うことがあったというのであるから、その際に、太郎の身上の変化が話題に上った蓋然性が高い。また、花子は、チャイルドシートを取り付けた太郎の車に同乗して、太郎と共に外出した事もあったというのであるから、花子としては、その間に太郎の子の面倒を誰が見ているのかについて、当然に関心を抱いて然るべきものであったというべきである。」 |
この裁判例では、花子が太郎に幼い子どもがいることを知っており、太郎の車にチャイルドシートが設置されているのを目の当たりにしていることから、花子と太郎が一緒にいる時に、その子どもの面倒は誰が見ているのかということについて関心を持つのが当然であるとして、それに付随して太郎が既婚者であるかどうかを確認しなかったことにつき、過失が認められるとしています。
このように、子どもの存在など結婚をしている又はしたことがあるということを推測させる状況においては、既婚者であるか否かを確認するべきことを義務づけているといえ、確認しない場合には「過失」が認められるようです。
ただし,このような場合でも,既婚男性から独身であると嘘をつかれているような場合には,確認義務の範囲が限定される可能性も十分にあります。
もっとも,独身女性の方はご自身を守るために,交際する相手から「独身である」と説明を受けている場合であっても,交際相手に子供の存在などの「結婚をしている又はしたことがあるということを推測させるような状況」がある場合には,既婚者であるかどうかを確認しておいた方がよいでしょう。
そうしなければ,確認義務を果たしたといえずに,過失が認められて,慰謝料請求が認められる可能性があります。 また,確認したということが証拠上残るように,ラインやメールなどで既婚者かどうかを確認するようにしておきましょう。
(4)既婚者かどうかを確認して,それでもなお独身であるとの回答を受けたような場合には,過失は認められないのか?
既婚者であるかどうかの確認義務を負う場合には,やはり,既婚者かどうかを確認しなければなりません。
では,確認しても,既婚男性から,「既婚者ではない」とか「独身だ」とかの嘘をつかれた場合には,過失が認められるのでしょうか。
ここでは,先ほどの②既婚者かどうかを確認したとして,既婚者であると分かったのかどうか(結果回避義務違反)が問題となります。 ここは,個別事情によります。
例えば,先ほどの花子と太郎が,同じ職場にいるような場合には,太郎がいくら独身であると言ったとしても,職場の上司や同僚などに確認すれば,既婚者かどうかは簡単に確認して既婚者であると知り得るといえるので,過失が認められる余地はあります。
しかし,会社が個人情報の管理をしっかりしていて答えてくれない場合や,会社や上司,同僚も既婚者であるとは把握していないような場合には,確認しても既婚者であるとは分からないので,結果回避義務違反がないとして,過失がないとも考えられます。
他方で,マッチングアプリなどで知り合っただけであれば,交際相手の素性も十分に分からない状態で交際することが多いと思われます。
そのような場合には,交際相手が既婚者であるかどうかは,基本的に,交際相手に確認するよりほかに方法がないケースが多いです。
したがって,マッチングアプリなどの相手の素性が十分に判明しないようなケースで,既婚者であるかどうかを確認して,それでも独身であるとの回答をうけた場合には,結果回避義務違反もありませんので,過失は認められないと考えられます。
3 不貞の慰謝料請求や貞操権侵害などの男女トラブルは,男女トラブルに強い法律事務所ロイヤーズ・ハイにご相談ください
今まで見たように,独身だと騙されていた場合,原則として過失が認められませんので,妻からの不貞の慰謝料を払う必要はありません。
例外的に,①個別事情によって,既婚者であるかどうかの確認義務が生じたのに確認していないような場合や②確認したが,結果回避措置を十分に講じていない場合には,過失が認められる可能性もあります。ただし,このように過失が認められる場合は限定的だと言えるでしょう。
特に,マッチングアプリなどで出会って,既婚者であると嘘をつかれ続けた場合には,過失が認められることは,まずないと思われます。
もっとも,以上のような内容も,個別の事案によって,見解は異なりますので,不貞の慰謝料請求や貞操権侵害などの男女トラブルに強い弁護士にご相談していただくことをお勧めいたします。
弊所では、不貞慰謝料請求や貞操権侵害に基づく慰謝料請求に関する事件を多く取り扱っております。不貞の慰謝料請求は返金保証プラン,貞操権侵害による慰謝料請求は,完全成功報酬プランを用意しております。
そのため、慰謝料請求事件に巻き込まれた場合や貞操権侵害に基づく慰謝料請求をご相談されたい方は、弊所にお気軽にご相談ください。
このコラムの監修者
田中 今日太弁護士(大阪弁護士会所属)弁護士ドットコム登録
弁護士法人 法律事務所 ロイヤーズ・ハイの代表弁護士を務める。 大手法律事務所で管理職を経験し、また100人以上の方の浮気、不貞、男女問題に関する事件を解決。 お客様を精一杯サポートさせていただくことをモットーとし、 豊富な経験と実績で、最善策の見通しを即座に迅速かつ適切な弁護活動を行う。