アルコール依存症の夫と離婚したい!慰謝料はどうなる?
「酒は百薬の長」とも言われることもありますが,「百薬の長とはいへど、よろずの病は酒よりこそ起れり」と吉田兼好も徒然草で記しているように、お酒は飲み過ぎれば万病の元になるとも言われています。
この万病というのは、肝臓などの身体的機能を壊してしまうほかに、アルコール依存症という心の病気も含まれるでしょう。
もし、ご自身のパートナー(夫又は妻。ここでは「夫」に限定してお話します)が、お酒を飲みすぎてアルコール依存症となった場合、その夫を支えて夫婦関係を継続していくことができれば良いのですが、アルコール依存症により夫婦関係を継続していくことが困難となった場合、これを理由に妻は夫と離婚することはできるのでしょうか。
今回は、アルコール依存症の夫と離婚ができるのか、その夫に対して慰謝料を請求することができるのかといった点について、お話させて頂きます。
1 アルコール依存症を理由に夫と離婚できるのか
アルコール依存症とは、アルコールを繰り返し多量に摂取した結果、アルコールに対し依存を形成し、生体の精神的および身体的機能が持続的あるいは慢性的に障害されている状態をいい、WHOの策定した国際疾病分類第10版では、精神および行動の障害の中に分類されており、ただ単に個人の性格や意志の問題ではなく、精神疾患と考えられています。
参照:「厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイトe-ヘルスネット」
どんな理由であれ、妻が夫に対して離婚したいと伝え、夫がこれを受け入れて双方が離婚届に記入してこれを役所に提出すれば、離婚は成立します。
問題は、夫が離婚に反対して離婚届の提出を拒否した場合、「アルコール依存症の夫と離婚したい!」という妻の希望は法的な観点から裁判で離婚が認められることになるのかという点です。
民法は、離婚事由として以下の5つを挙げています(民法770条1項)。
つまり、離婚したい理由が、この5つのうちのいずれかに該当した場合、離婚裁判を提起して、裁判所がこの離婚事由を認めれば、いくら夫が反対をしていても、離婚が認められるということになります。
(民法770条1項) 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。 一 配偶者に不貞な行為があったとき 二 配偶者から悪意で遺棄されたとき 三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき 四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき 五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき |
わかりやすい離婚事由は、1号の「配偶者に不貞な行為があったとき」です。
例えば、夫が他の女性と不貞行為に及んでおり、これを理由に妻が離婚を求めた場合、いくら夫が離婚に反対していたとしても、裁判所が「配偶者に不貞な行為があったとき」にあたると認めれば、妻の要望どおり、裁判では離婚が認められることになります。
では、「夫がアルコール依存症である」という理由のみで、民法770条1項の離婚事由のいずれかにあたるといえ、裁判で離婚が認められることになるのでしょうか。
結論からいえば、夫がアルコール依存症であるという理由のみでは離婚が認められることは難しいでしょう。なぜなら、アルコール依存症というのは精神疾患であり、この理由のみでは、民法770条1項の5つの事由のうちのどれにも該当しないからです。
もっとも、アルコール依存症であるというだけなく、このことから派生した具体的事実が、離婚事由として認められる可能性はあります。
例えば、夫がアルコール依存症のため仕事をしなくなり収入がなくなった、無職であるのにアルコール依存症の治療もしなければ家事もしない、酒の購入に浪費しているため生活費を渡さない、酒を飲むと暴力を振るう等々といった事情がある場合です。これらの事情は、民法770条1項5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」にあたるとして、離婚が認められる可能性があります。
2 アルコール依存症による離婚協議が困難な場合の解決方法
アルコール依存症を原因とした様々な理由(生活費や暴力等)により、夫と離婚したいと考えた場合、まずは夫と話し合い(協議)、その結果夫がこれを受け入れた場合は、離婚届を役所に提出すれば、離婚が成立します(協議離婚)。
しかし、協議で夫が離婚に応じない場合、妻は家庭裁判所に離婚調停を申し立てる必要があります。
離婚調停とは、家庭裁判所内での,あくまでも話し合い(話し合いといっても、互いに顔を合わせて話し合うというものではなく、調停委員という方を通じて、離婚や離婚条件等について互いに意見を述べ合うというものです。)ですので、裁判官が双方の意見を聞いて,「離婚すべき!」「離婚すべきでない!」と判断してくれるというものではありません。
この調停の中で、互いに意見を出し合ったうえで離婚について合意するということになれば、離婚が成立します(調停離婚)。この調停においても、妻が離婚を求めているにもかかわらず,夫が離婚に応じないということであれば,合意することはできませんので調停は不成立となって終了してしまいます。
調停が不成立となれば離婚ができないのかというと,そういうことではありません。調停が不成立となった場合も離婚を求めたい場合は,離婚訴訟を提起して,裁判所がさきほどの離婚事由を認めれば,離婚は成立します(裁判離婚)。離婚訴訟では,離婚を求めたい側(今回の場合は妻)が,離婚事由があることを主張し,これを立証しなければなりません。例えば,アルコール依存症を原因として,夫が暴力を振るう,その結果怪我をしたことを主張する場合は,診断書や夫の言動を録音,録画した記録媒体を証拠として提出する必要があります。
このように夫の対応次第では協議で離婚が成立する場合もありますが,夫が離婚に同意しない場合は,調停,訴訟という裁判手続きを踏まなければ,夫との離婚は成立しません。逆にいえば,アルコール依存症から派生して,上記のような暴力や生活費を渡さないという,「婚姻を継続し難い重大な事由」が認められれば,裁判所が離婚判決を下してくれる可能性もあります。
3 アルコール依存症の夫と離婚する場合、慰謝料を請求できるのか
それでは,アルコール依存症の夫と離婚する際に,慰謝料は請求できるのでしょうか。
離婚を求める場合は,必ず相手に慰謝料を払わせることができる,もしくは離婚を求められた側は絶対に慰謝料を払わなければならないと思っている方もおられるかもしれませんが,そういうわけではありません。
慰謝料とは,「不法行為に基づく損害賠償」の一種であり,相手の故意又は過失によって,自分の権利や法律上保護された利益を侵害された場合に,これにより生じた精神的苦痛を慰謝するための損害賠償です。
離婚の際によく請求される慰謝料といえば,夫が浮気をしてこれが原因で離婚するとなった場合の慰謝料です。いわゆる不貞行為を理由とした損害賠償です。
不貞行為によって夫婦関係を破綻させた夫に対して慰謝料が認められるのであれば,夫がアルコール依存症のために夫婦関係を破綻させた場合も慰謝料は認められるのでしょうか。
これも,離婚原因の場合と同様に,アルコール依存症であるという事実のみでは夫の不法行為とは認められませんので,慰謝料を払わせることは難しいです。しかし,このアルコール依存症を原因として,夫から頻繁に暴力を受けているという状況であれば,慰謝料が認められる可能性は高いといえます。
この慰謝料を請求する場合も,証拠が重要となりますので,診断書や夫の言動の記録媒体等を裁判で提出する必要があります。
関連記事:悪意の遺棄で離婚したい!慰謝料相場と増額させる方法を徹底解説
4 まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は,アルコール依存症の夫との離婚や慰謝料について,お話しをさせていただきました。
アルコール依存症の夫との離婚や,その夫に対する慰謝料の請求は,調停や訴訟等の裁判手続きを踏めば認められる可能性はあります。
ただ,どちらの場合も証拠が重要となってきますので,このような理由で夫に請求したいと考えておられる場合は,まずは経験豊富な弁護士に相談をして,依頼を検討された方が良い結果が得られる可能性が高いといえるでしょう。
このコラムの監修者
田中 今日太弁護士(大阪弁護士会所属)弁護士ドットコム登録
弁護士法人 法律事務所 ロイヤーズ・ハイの代表弁護士を務める。 大手法律事務所で管理職を経験し、また100人以上の方の浮気、不貞、男女問題に関する事件を解決。 お客様を精一杯サポートさせていただくことをモットーとし、 豊富な経験と実績で、最善策の見通しを即座に迅速かつ適切な弁護活動を行う。