アスペルガーの夫(妻)と離婚できる?法的問題と慰謝料請求の方法
アスペルガー症候群とは、自閉スペクトラム症と呼ばれる発達障害のひとつです。
コミュニケーションをとるのが苦手であることや、興味が特定の対象に限定され、特定の対象以外は全く無関心であること、自分の決めたルールや手順に対するこだわりが強いといった特徴があります。
相手の気持ちを理解することや、空気を読むことが苦手であることから、周囲の人間とトラブルになってしまう場合もあるようです。
一方で、興味のある分野で記憶力や集中力を発揮するという特徴もあり、周囲の人間としては、自閉症スペクトラム症は個性として捉えることも大切であるといえます。
このようなアスペルガー症候群を含む発達障害は、大人になって診断を受ける場合もあります。
社会に出てから対人関係に悩み、病院を受診してアスペルガー症候群と判明するということも珍しくありません。
結婚してから、配偶者がアスペルガー症候群であると判明することもあるのです。
今回は、配偶者がアスペルガー症候群である場合の離婚や慰謝料請求について解説します。
参照: ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)について|e-ヘルスネット(厚生労働省)
目次
1 アスペルガー症候群を理由に夫(妻)と離婚できる?
結論から言うと、配偶者がアスペルガー症候群であるという一事をもって、ただちに離婚が認められるわけではありません。
もっとも、配偶者がアスペルガー症候群であることによって、他に離婚の原因となる事情がある場合には、離婚が認められる可能性があります。
以下で、詳しく解説します。
(1)裁判で認められる離婚事由(法定離婚事由)とは
離婚には、大きく分けて協議離婚、調停離婚、裁判離婚があります。
協議や調停は、当事者あるいは第三者を含めた話し合いによって離婚する手続きです。
実際、アスペルガー症候群である配偶者と話し合って合意にいたるということは、困難な場合が多いでしょう。
話し合いで合意にいたらなければ、最終的に裁判によることになります。
裁判で離婚が認められるには、民法770条1項各号で定められている離婚事由(法定離婚事由)に該当する必要があります。
(裁判上の離婚) 第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。 二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。 三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。 四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。 五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。 (略) |
(2)「配偶者がアスペルガー症候群であること」は、法定離婚事由に該当しない
配偶者がアスペルガー症候群であることによって問題となりうる法定離婚事由は、4号の「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」と、5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」です。
①「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」にあたらない
アスペルガー症候群は、一見すると「強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」に該当するようにも思えます。
たしかに、アスペルガー症候群の原因や発症メカニズムは、現時点で分かっておらず、環境や行動を変えることで苦しみを軽減することはできるものの、治らないとされています。
そのため、「回復の見込みがないとき」といえます。
しかし、アスペルガー症候群は「強度の精神病」とまでは認められないのです。
②「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」にあたらない
配偶者がアスペルガー症候群であることが、ただちに「その他婚姻を継続し難い重大な事由がある」ともいえません。
「その他婚姻を継続し難い重大な事由あるとき」とは、婚姻関係が破綻している状態であることをいいます。
しかし、配偶者がアスペルガー症候群であることで、ただちに婚姻関係が破綻しているとはいえません。
夫婦の一方がアスペルガー症候群である場合、離婚率は高いといわれていますが、婚姻生活を長く営んでいる夫婦があるのも事実です。
なお、婚姻関係が破綻していると認められやすい代表的な例としては、別居期間が長期にわたっている場合や、配偶者からDVやモラハラを受けているという事実が認められる場合です。
(3)離婚が認められる場合がある
配偶者がアスペルガー症候群であることによって、ただちに離婚が認められることはありません。
しかし、配偶者がアスペルガー症候群であると、コミュニケーションがうまく取れず、夫婦関係にすれ違いが生じていくことがあります。
アスペルガー症候群について理解していても、実際に一緒にいることが困難な場合があるでしょう。
あまりに我慢していると、カサンドラ症候群にかかってしまうこともあります。
カサンドラ症候群とは、アスペルガー症候群の人の近くにいることで心労が重なり、抑うつ状態などに陥ってしまう心理状態をいいます。
アスペルガー症候群である配偶者と関係を構築できないことに苦しみ、配偶者はその苦しみを理解するどころか悪気なく傷をえぐるような言動をとってしまうのです。
周囲の人も「発達障害なんだから仕方ないよ。分かってあげなきゃ。」などと無責任な発言をし、どんどん自己肯定感を失っていくのです。
このような苦しさが、カサンドラ症候群の原因です。
離婚を考えているのであれば、カサンドラ症候群にかかる前に、別居することや配偶者の言動を証拠として残しておくことをお勧めします。
別居期間が長い場合や配偶者のDV・モラハラが認められる場合には、「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」として、離婚が認められる可能性があります。
2 アスペルガー症候群の夫(妻)に慰謝料請求できる?
(1)慰謝料請求が認められる条件とは
慰謝料とは、受けた精神的苦痛に対して支払われるお金のことです。
慰謝料請求は、民法709条が定める不法行為にもとづく損害賠償請求の一種です。
そのため、慰謝料請求が認められるには、相手方の故意または過失にもとづく行為によって権利が侵害され、損害を受けたことが必要です。
(不法行為による損害賠償) 第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 |
(2)慰謝料請求できるか
配偶者がアスペルガー症候群であるからといって、配偶者に対し、慰謝料を請求することは難しいでしょう。
配偶者がアスペルガー症候群であることで、コミュニケーションが取れなかったり、親族やご近所の方との関係が悪くなったりすることもあるかもしれません。
だからといって、配偶者に対し、慰謝料請求が認められるわけではありません。
配偶者の故意または過失にもとづく行為によって、精神的苦痛を受けたということが難しいからです。
もっとも、離婚の場合と同様に、DVやモラハラが認められる場合には、慰謝料請求が認められる可能性があります。
関連記事:精神的苦痛(不倫・DV・モラハラなど)による慰謝料請求をするには?
3 アスペルガー症候群の夫(妻)と離婚する際の注意点とは
アスペルガー症候群の配偶者と離婚する際に注意しなければならない点を、離婚の段階ごとに解説します。
(1)話し合いの時点
離婚を進めるにあたって、まずは話し合うことになります。
話し合いによって、離婚条件につき合意にいたれば、離婚協議書と離婚届を作成します。
離婚届を役所に提出することによって、離婚となります。
もっとも、話し合いの相手がアスペルガー症候群である場合、コミュニケーションがとりづらいことや現状へのこだわりが強く、離婚条件について折り合いがつかないこともあります。
弁護士に依頼すれば、離婚について話し合う労力や時間をおさえることができますが、この段階で弁護士に依頼するとかえって話し合いが困難となる場合もあるでしょう。
事案に応じて慎重に判断する必要があるため、不安な様でしたら、一度弁護士に相談することをお勧めします。
(2)調停の時点
協議離婚できない場合、調停離婚を検討することになります。
調停離婚では、第三者である調停委員の仲介のもとで、離婚についての話し合いが行われることになります。
配偶者とコミュニケーションが取りづらくても、調停委員が間に入ることによって話し合いのストレスが緩和されるでしょう。
また、調停委員が当事者の意見を聞いたうえで、調停案を示してくれるケースもあるため、解決にいたる可能性もあります。
しかし、調停は月に一回程度、平日に裁判所にいくことや調停委員を説得するための的確な主張や証拠の提出、書面の作成が求められます。
どうしても、労力や時間をおさえたいという方は、一度弁護士に相談することをお勧めします。
(3)裁判の時点
調停で合意にいたらず不成立となった場合、それでも離婚するには裁判する必要があります。
ただし、裁判となった場合に離婚が認められるには、法定離婚事由が必要です。
法定離婚事由については、上記1(1)で述べた通り、アスペルガー症候群であることで、ただちに離婚が認められるわけではありません。
たとえば、DVやモラハラによって、「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」と認められる必要があります。
そのために、法定離婚事由を証明する証拠を集めておきましょう。
証拠は複数あることが望ましいです。
裁判においても、的確な主張や証拠の提出、法的な書面作成が求められます。
また、調停以上に時間を要することになります。
専門的な知識を持つ弁護士であれば、本人に代わって裁判手続を行うことが可能です。
そのため、裁判をする前に、一度弁護士に相談することをお勧めします。
4 まとめ
アスペルガー症候群とは、自閉スペクトラム症と呼ばれる発達障害のひとつです。
コミュニケーションを取るのが苦手であることや、興味が特定の対象に限定され、特定の対象以外は全く無関心であること、自分の決めたルールや手順に対するこだわりが強いといった特徴があります。
そのため、離婚においてもスムーズに話し合うことができないケースが多いです。
だからといって離婚できないわけではありません。
裁判において、法定離婚事由に該当すると判断される場合には、離婚が認められます。
お一人で悩まれる前に、なるべく早く専門家に相談しましょう。
離婚を前提とするのであれば、一度弁護士に相談することをお勧めします。
このコラムの監修者
田中 今日太弁護士(大阪弁護士会所属)弁護士ドットコム登録
弁護士法人 法律事務所 ロイヤーズ・ハイの代表弁護士を務める。 大手法律事務所で管理職を経験し、また100人以上の方の浮気、不貞、男女問題に関する事件を解決。 お客様を精一杯サポートさせていただくことをモットーとし、 豊富な経験と実績で、最善策の見通しを即座に迅速かつ適切な弁護活動を行う。