確定した慰謝料請求の変更は可能か
一度当事者間で慰謝料の支払について合意したけれど,その後新たな事情が発覚して「額が少ない」と思い始めた。分割の支払いで合意したけど,経済状況が厳しくて分割金が払えなくなりそうだ。
こういった事情がある場合,一度合意した慰謝料額の変更は可能なのでしょうか。ここでは,すでに確定している慰謝料額の変更の可能性について,具体的に解説していきます。
目次
1 慰謝料額の増額
(1)判決で額が確定
裁判で慰謝料額が定められた場合,その後の増額はほぼ不可能です。確定した判決には,「既判力」というものが認められます。既判力が認められると,後々その内容を争えなくなるのです。
そのため,判決で額が定められると,その後,再び裁判で額を争うことはできなくなります。
(2)相手方との任意の合意
あくまで任意で話合いが行われただけですから,合意後,裁判所に中立的な立場で適正な額を判断してもらえる可能性もゼロではありません。
しかし,任意の話し合いであっても,最終的には示談書等の書面を作成することが多いでしょう。示談書には,慰謝料額や合意内容の他,書面記載の内容以外に債権債務は存在しない,という「清算条項」を加えることが一般的です。清算条項がある以上,増額は認められない可能性が極めて高いです。
一方,示談書を作成していなかったり,作成していても内容に不備がある場合には,再度慰謝料を請求されるおそれがあります。そのような事態が生じないよう,弁護士に依頼する等して,きちんとした示談書を作成することをお勧めします。
(3)合意後,再度不貞行為に及んだ場合
この場合は,合意後に慰謝料を請求されてもやむを得ません。合意によって清算された「不貞行為」に,合意後の不貞行為を含めることは明らかに不可能です。再度行われた不貞行為に基づいて発生する慰謝料は,合意内容では考慮されてはいません。
判決で慰謝料額が定められても,任意の話し合いで慰謝料額を定めても,示談書に「清算条項」を入れていても,別途慰謝料請求される可能性は十分にあります。
2 慰謝料額の減額
(1)判決で額が確定
この場合に,慰謝料の減額がほぼ不可能であることは,判決で額が定められた場合に,慰謝料額の増額がほぼ不可能である場合と同様です。
(2)相手方との任意の合意
一括での支払いが難しく,分割で慰謝料を支払っていく旨の合意をし,示談書を作成した場合でも,その後,事情が変わって支払いが難しくなった,というケースは存在します。きちんと清算条項を入れた示談書があれば,やはり減額や支払い方法の変更を認めてもらうことは困難でしょう。
ただし,合意された慰謝料額があまりに法外である場合には合意が無効になる可能性はあります。また,騙されて合意書が作成された場合や,無理やり示談書に署名させられた場合等は,詐欺行為・強迫行為があったことを理由に合意を取消すことができる可能性があります。真意から合意したわけではないという事情がおありの場合は,弁護士にご相談されることをお勧めします。
一度成立した合意内容を変更することが難しいといっても,病気で働けなくなったり,会社の倒産で転職を余儀なくされる等,合意した通りの分割金の支払いがやむを得ず不可能になる場合は十分考えられます。このような場合は,相手と交渉して,減額や支払い方法の変更を認めてもらうしかありません。
相手と交渉するにあたっては,病気の治療計画書を示したり,給与明細を示す等して,支払いが困難であることをきちんと伝え,リスケに応じてもらいましょう。「今ある精いっぱいを一括で支払うから,総額を減らしてほしい」と交渉するのも方法の1つです。
再度の合意の方法は1つではありませんから,弁護士にご相談されることをお勧めします。
(3)支払いを怠ったら…
合意された分割金の支払いが困難になったからといって,支払いをやめてしまってはいけません。1円も支払わずに音信不通になることが,最も危険です。
判決で額が定まっている場合,支払方法は一括である場合が通常ですが,これを支払わなければ,強制執行という形で,大切な財産が差し押さえられてしまうかもしれません。また,裁判上で和解が成立し,和解調書が作られた場合でも,強制執行は可能です。
更に,裁判所を入れた手続きを取っていなくても,合意内容通りの公正証書を作成していることがあります。公正証書を作成する際には,「合意内容を守らなければ強制執行されることに同意します」という内容の,「強制執行認諾文言」を加えるのが通常です。強制執行認諾文言があれば,判決が確定している場合と同じで,強制執行が可能になるのです。
強制執行されると,不動産や給料,預貯金等,生活していく上で欠かせない財産が差し押さえられてしまう危険性があります。
相手との話し合いで合意が成立し,公正証書も作成されなかったという場合でも,安心はできません。支払いをストップしてしまうと,相手は訴訟を提起するでしょう。提起された訴訟に対して,答弁書も作成せず,期日にも出頭しなければ,相手の言い分が全面的に認められ,判決まで出されてしまいます。
その判決が確定すれば,強制執行の危険性も出てくるのです。
3 おわりに
ここまでお話ししてきたように,一度成立した合意内容を変更することは困難です。そのため,示談書を作成する場合には,本当に支払える額なのか,今後毎月きちんと支払っていけるのか,十分に確認した上で署名・押印をしなければなりません。
合意はしたけど支払えなくなった,という事態を招かないため,合理的な内容で合意を成立させるためにも,ご自身で対応される前に,一度弁護士にご相談されることをお勧めします。
このコラムの監修者
田中 今日太弁護士(大阪弁護士会所属)弁護士ドットコム登録
弁護士法人 法律事務所 ロイヤーズ・ハイの代表弁護士を務める。 大手法律事務所で管理職を経験し、また100人以上の方の浮気、不貞、男女問題に関する事件を解決。 お客様を精一杯サポートさせていただくことをモットーとし、 豊富な経験と実績で、最善策の見通しを即座に迅速かつ適切な弁護活動を行う。