婚姻関係破綻(夫婦関係破綻)と認められるには?
目次
1 はじめに
裁判上、不貞相手に慰謝料を請求しようとする場合、民法上の不法行為に基づいた損害賠償を請求する(民法第709条)、ということになります。そのため、「不貞行為によって何らかの権利・利益が侵害された」といえなければなりません。つまり、不貞行為によって円満だった夫婦関係に亀裂が生じた、と認められなければならないのです。
ここで、不貞行為に及んだ時点で既に婚姻関係が破綻していた場合には、「不貞によって」婚姻関係が破綻したとはいえません。この場合、不貞行為で新たな利益侵害は生じ得ないのですから、裁判上、慰謝料の請求は認められないかもしれません。つまり、不貞の慰謝料請求との関係では、婚姻関係破綻の時期が重要なポイントとなるのです。
では、どのような事情があれば「婚姻関係が破綻した」といえるのでしょうか。ここでは、婚姻関係の破綻について、具体的に解説していきます。
2 婚姻関係の破綻
始めに「婚姻関係の破綻」が問題となる場面について、説明します。
民法において定められている法定離婚事由は5つあります(民法770条1項各号)。そのうち第5号において「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」を掲げており、これが婚姻関係の破綻を指すものと言われています。
では、どのような事情が婚姻関係の破綻にあたるのでしょうか。
(1)離婚の有無
婚姻関係の破綻の最たるものが「離婚」です。婚姻関係を継続し得ないからこそ離婚するのですから,一番分かりやすい破綻の形だといえます。
不貞が発覚し,離婚に至ったという場合には,不貞によって婚姻関係が破綻したと認められやすいでしょう。また,不貞発覚後に離婚に向けた話し合いが進められている場合や,離婚調停を申し立てたような場合にも,不貞による婚姻関係の破綻が認められやすいと考えられます。
一方,不貞行為に及ぶ前から離婚に向けて話し合いがなされていたり,離婚調停が継続していたという場合には,不貞行為の前から婚姻関係が破綻していたという推認がはたらきます。
ただし,単に「離婚したい」と一方的に言っていた,というだけでは婚姻関係の破綻と認められるには不十分でしょう。夫婦間で,財産分与や養育費・親権など,離婚の条件について具体的に話し合いがされていた等の事情が必要です。
以上のように,不貞慰謝料との関係では,離婚に向けた話し合いがいつから始まっていたのか,が重要なポイントになります。
(2)長期間の別居
婚姻関係にある夫婦においては、民法752条で「同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」と定められています。
したがって、夫婦においては特段の事情なくして長期間の別居状態が続いている場合には、婚姻関係の破綻を示すものとされています。
もっとも、不貞行為が発覚し,別居が始まったのか,不貞行為の前から既に夫婦が別居していたのかが,不貞慰謝料との関係では重要です。
また、別居と言ってもその理由や形態は様々です。以下では,別居の原因ごとに婚姻関係の破綻の認定への影響を解説します。
①不貞行為が発覚して別居が始まった場合
不貞行為が発覚して別居が始まった場合,別居していることを主たる理由として婚姻関係の破綻を主張することは困難になります。というのも,冒頭で申し上げた通り,婚姻関係の破綻が不貞の慰謝料請求に対して反論となりうるのは,不貞行為によって侵害されるはずの平穏な夫婦関係がそもそも存在しない以上,不法行為法上の要件を欠くから請求権が発生しませんよね?ということです。
しかし,不貞行為の発覚より後に別居が始まっていた場合,不貞行為発覚時は同居していたのですから,別居を理由として不貞行為が夫婦関係の平穏を害したことを否定できません。
もちろん,他の理由によって不貞行為より以前に婚姻関係が破綻していたということはできますが,別居を理由とすることはできなくなります。
②不貞行為が発覚する以前に別居が始まっていた場合
③夫婦仲が不仲となったために別居した場合
不貞行為が発覚する以前から夫婦仲が悪く,別居に至っていた場合に,別居を理由として婚姻関係の破綻を主張することが考えられます。
もっとも,裁判所は婚姻関係の破綻を認定することに対して非常に慎重です。そのため,単に別居しているだけでなく,後述の夫婦間の接触の有無をも考慮して総合的に婚姻関係が破綻していたかどうか検討していくことになります。
例えば,次の裁判例をご覧下さい。
【事案】妻Xと夫Y1は婚姻関係にあったが,結婚5年目以降夫婦関係が悪くなり,別居を始めた。別居開始後,夫Y1は妻X以外の女性であるY2と交際し,不貞関係を持った。夫Y1と不倫相手Y2の不貞関係が発覚したため,妻Xは両者に対して慰謝料を請求したが,Yらは別居した時点で妻Xと夫Y1の婚姻関係は破綻していたと反論した。
【裁判所の判断】(東京地判平成21年6月4日)本件別居は,妻Xと夫Y1とが冷却期間を置くために開始され,夫Y1が身の回りのもののみを持って実家に帰ったものであり,離婚前提での別居という話はなかった。また,夫Y1は,別居開始後も,頻繁に自宅に戻ったり,長男・次男の誕生会,長男の入園式に出席したり,妻Xの誕生日祝いを兼ねて家族4人でディズニーランドへ遊びに行ったりしている。そうすると,妻Xと夫Y1は夫婦関係にやや円滑さを欠く部分があったことは否めないものの,夫婦間で真剣に離婚に向けた話し合いが行われた事実はなく,Yらによる不貞行為を当事者間に争いのない別居後に限定したとしても,不貞行為時では未だ婚姻関係が破綻していたとは認められない。
裁判所は,妻Xと夫Y1は別居しているものの,離婚に向けた話し合いが行われた事実はない一方,頻繁に夫婦間の接触があるのだから,別居は冷却期間を置くものであり,婚姻関係の破綻を裏付けるものではないと判断しています。
また,この裁判例は「離婚に向けた話し合いがなかった」ことに言及していますが,夫が妻に何度も離婚するよう求めた事案では「破綻寸前」であるものの破綻には至っていないとする裁判例(東京地判平成19年4月24日)もあります。やはり,単に不仲なだけでなく,離婚に向けた「具体的な」話し合いが行われていて,離婚の前段階にあるといえるような状況が必要でしょう。
④出産や単身赴任のために別居した場合
別居の原因が出産や単身赴任である場合には,夫婦関係も維持されていると考えられるため,原則として別居を理由として婚姻関係の破綻を主張することはできません。
裁判例も,出産のタイミングや夫婦間のやり取りを理由に別居は里帰り出産によるものとし,婚姻関係の破綻を認めていません。
【事案】妻Xと夫Aは平成18年11月に婚姻したが,平成19年6月より別居状態にあった。夫Aは,平成19年9月に妻X以外の女性であるYと交際し,不貞関係を持った。平成19年11月にこの不貞関係が妻Xに発覚したため,妻Xは不倫相手Yに慰謝料を請求したが,不倫相手Yは別居した平成19年6月の時点で妻Xと夫Aの婚姻関係は破綻していたと反論した。
【裁判所の判断】(東京地判平成20年12月26日)確かに,妻Xは平成19年6月より実家に滞在し,実家が自宅からさほど離れていないにもかかわらず,数回しか自宅に戻っていない。しかし,妻Xは平成19年6月以降実家に滞在しているが,同年長男を出産していること,妻Xと夫Aとの間で親密な関係を窺わせるメールのやり取りがあることから,妻Xはいわゆる里帰り出産をしたと認められる。そのため,妻Xと夫Aの婚姻関係が破綻していなかったことは明らかである。
確かに,平成19年8月に夫Aが妻Xに対する気持ちが冷めたと言い出したり,同年9月以降に夫Aが離婚だと言い出したりした事情はあるが,この事実をもって妻Xと夫Aの婚姻関係が破綻したとは言えない。
(3)夫婦間の接触の有無
これまで見てきた離婚や別居は,夫婦間の交渉が無くなる典型例です。そのため,同居していたとしても,別々の寝室で就寝している,食卓を一緒に囲まない,夫婦間で会話が一切ない,家計も別々である等,いわゆる「家庭内別居」と言われる状態が続いていたという場合にも,婚姻関係の破綻が認められる場合があります。
不貞行為の以前から家庭内別居の状態にあれば,既に婚姻関係が破綻していた,と認めてられるかもしれません。一方,不貞行為が発覚するまでは夫婦で旅行に行っていた,家族で食事に出かけていた,等の事情があれば,婚姻関係が破綻していたと考えるのは難しいでしょう。
(4)家庭内暴力(DV)、モラルハラスメント(モラハラ)
夫婦間においてDVやモラハラなどがある場合には、婚姻関係が破綻したものと認められることがあります。
もっとも、一度の暴力やモラハラによって婚姻関係の破綻が認められるわけではなく、日常的に行われている場合や過度な場合などDVやモラハラの内容、回数、期間など様々な事情を総合考慮して判断されます。
(5)親族との不和
配偶者の親族との不和が婚姻関係の破綻と認められる場合があります。
もっとも、配偶者の親族との不和は直ちに婚姻関係の破綻を認める事情となるわけではなく、配偶者の親族との不和をきっかけとして配偶者との関係も悪化し、婚姻関係の破綻が生じた場合である必要があります。
(6)まとめ
以上に挙げた婚姻関係の破綻事由は具体例に過ぎず、他にも過度な宗教活動、浪費癖など様々な事情が婚姻関係の破綻となります。
したがって、婚姻関係の破綻が疑われる場合には、弁護士にご相談されることをお勧めします。
3 婚姻関係破綻(夫婦関係破綻)の認識
「婚姻関係は既に破綻していると聞いていた」という不貞相手の言い分はよく耳にします。不貞行為に及んだ配偶者が嘘をついていたのか,それとも本当に破綻していると思っていたのかは分かりません。しかし,婚姻関係の破綻の有無は客観的に認定されるものですから,不貞相手の認識は関係ないのです。
また,配偶者の一方が,婚姻関係が破綻していると思っていた場合でも,他方配偶者は破綻していると思っていなかったり,客観的に見て円満な夫婦関係が継続していると認められる場合には,婚姻関係の破綻は認められません。
ただし,不貞相手が,「婚姻関係が破綻していると過失なく信じていた」と言える場合には,不貞相手に落ち度はないとして,慰謝料請求が認められない可能性はあります。もっとも,「既に破綻している」という言葉を信じたというだけでは過失がなかったとは言えないでしょう。
継続している離婚調停の申立書を見せられたとか,別居している状況を自身の目で確かめた等,「婚姻関係が破綻していると信じてもやむを得ない」といえる場合でなければ,過失は認められる可能性が高いのです。
不倫による慰謝料請求を考えられている方・慰謝料を請求されて困っている方は、慰謝料請求を多く取り扱う大阪市・難波(なんば)・堺市の弁護士法人法律事務所ロイヤーズ・ハイにご相談ください。
このように,婚姻関係の破綻の有無は不貞慰謝料の請求との関係では重要な要素になります。しかし,いつから婚姻関係が破綻していたのか,本当に破綻していたといえるのかは,判断が難しいものです。慰謝料請求を考えているが,「既に婚姻関係が破綻していた」と言われるか心配。慰謝料を請求されたが,婚姻関係は破綻していると信じていた。こういった事情がおありの場合には,弁護士にご相談されることをお勧めします。
このコラムの監修者
田中 今日太弁護士(大阪弁護士会所属)弁護士ドットコム登録
弁護士法人 法律事務所 ロイヤーズ・ハイの代表弁護士を務める。 大手法律事務所で管理職を経験し、また100人以上の方の浮気、不貞、男女問題に関する事件を解決。 お客様を精一杯サポートさせていただくことをモットーとし、 豊富な経験と実績で、最善策の見通しを即座に迅速かつ適切な弁護活動を行う。