中絶で慰謝料請求は認められるか?判例・相場・流れ・必要な証拠
望まない妊娠や、婚約破棄など、様々な理由があって中絶にいたることがあります。
中絶があった場合に、慰謝料請求を行って、金銭による支払いを受けることはできるのでしょうか。
本記事では、様々な裁判例を紹介しながら、どのような場合に慰謝料請求ができるかを検討します。
目次
1 中絶それ自体を理由として慰謝料請求はできないのが原則です
いわゆる慰謝料請求は、法的には不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)として行われるのが通常です。これが認められる要件は、
①他人の権利利益を侵害したこと
②故意又は過失
③損害の発生
④因果関係 の4つです。
基本的に、妊娠の原因となる性交渉はお互いの同意の上でなされるものですし、妊娠中絶それ自体もお互いの同意の上でなされる医療行為です。そのため、残念ながら①他人の権利利益を侵害したとは認められないのが原則です。
つまり,中絶それ自体を理由として慰謝料請求をすることはできないのが原則です。
もっとも、逆に言えば性交渉や妊娠中絶がお互いの同意でなされていない場合、同意したとしても同意する以外の選択がないような場合には、妊娠中絶するか否かの選択権が侵害されたとして①他人の権利利益を侵害したと認められる余地があります。
2 中絶でも慰謝料が認められるケースと判例
上記のような同意がない場合として、典型的なケースとして強姦されたケースや中絶を強要されたケースが挙げられます。また、避妊していると嘘をついて性交渉をし、妊娠に至ったケースも「妊娠の可能性がある性交渉」についての同意がないといえるため、慰謝料請求が認められるケースです。
このような典型的なケースではなく、中絶で慰謝料が認められたのがどのようなケースだったのか、一例をご紹介します。
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(1)中絶を遅らせたケース
【事案】XとYは交際してから破局するまでの間、多数回にわたり性交渉をした。二人の交際が破局したのちXが産婦人科検診を受診すると、妊娠中であることが発覚した。Xの友人AがYの自宅に赴き、またメールやSNSでYに妊娠した旨を伝えて話し合いを求めたが、Yは「不審者が自宅周辺を徘徊しているため警察に相談した。今回は警告である。」とSNSに書き込むなど攻撃的な態度を取った。Xは弁護士に相談したうえ、Yとの示談交渉を開始した。示談交渉のなかで、X側はYに出産又は中絶のどちらを希望するか再三にわたって問い合わせたが、Yからの返答はなかった。
また、X側はYに中絶同意書に署名して返信してほしいと伝えたが、Yは「自分が父親であることが証明されないと署名できない、多忙のため土日でないと郵便物は受領できない。」と返答するのみであった。X側よりDNA鑑定は中絶手術時しかできないため鑑定を待たずに中絶同意書に署名してほしいと伝えたが、Yより返答はなかった。Xは中絶同意書のないまま中絶し、DNA鑑定及び水子供養を行った。XはYに対して慰謝料等426万3056円等の支払を求めた。
【判決要旨】(東京地判平成27年9月16日平26(ワ)8149号)
Yは、妊娠の可能性があることを認識しつつXと性行為をし、その結果XがYの子を妊娠し、中絶するに至ったのだから、Yは、中絶による身体的・精神的苦痛や経済的負担をXと応分に負担すべき義務を負い、Xは、Yによる負担を受益する法的利益を有するというべきである。それにもかかわらず、Yは、X妊娠の事実を認識しながら、誠実かつ速やかな対応をせず、X側の要請を本件訴訟提起まで放置した。その結果、Xのみが中絶による身体的・精神的・経済的不利益を負担しているのであるから、Yには上記義務の違反があり、Xの法律上保護される利益を違法に侵害している。
中絶によりXが身体的・精神的苦痛を被ったことは明らかであり、さらにYが速やかな対応をしなかったために中絶の時期が遅くなってXの身体的負担が大きくなるとともに、不安定な状態が長引いたためXの精神的負担も増大したと認められる。もっとも、水子供養により中絶自体による精神的苦痛は相当程度慰謝されたと考えられ、Yの負担すべき中絶による身体的・精神的苦痛に対する慰謝料は10万円(15万円の3分の2相当)である。
そして、原告が支払った中絶費用及び水子供養費用の各2分の1並びにDNA定費用の3分の1のほか、弁護士費用5万円の合計37万1465円をYはXに支払わなければならない。
(2)結婚を拒み中絶を求めたケース
【事案】大学院博士課程に在学していたXは、同大学准教授Yと交際していた。Yは、X側より要請されながらも結婚に向けた行動を結婚に向けた行動を一切していなかった。結婚についてYがXに激高することもあったため、Xが数回にわたり交際の解消を求めたが、その都度YはXを引き留めて交際を継続した。XがYに対して妊娠したと伝えると、Yは妊娠中絶を勧めた。Yは、母の反対を理由に結婚を拒んだうえ、Xの両親にも中絶してほしいと伝え、中絶しないのであれば弁護士を立てるとも発言した。Xは、Yの言動に絶望し、中絶した。Xの父はYに対し謝罪を要求したが、Yはこれを拒否した。Xは、人工妊娠中絶手術後、食欲不振や不眠の症状が続き、精神科にて睡眠導入剤、抗うつ剤等を処方され、2年間通院した。
【判決要旨】(東京地判平成27年3月27日平25(ワ)28330号)
XとYとの間には、大学院生と大学教員という立場の違いがあり、XとしてYからの論文等の指導を受けられることが交際の動機の一つであることは否定できないが、両者の交際は、基本的には相互の愛情に基づくものというべきであり、キャンパス・セクシュアル・ハラスメントとして不法行為に該当するとは認められない。
Yは、Xに結婚願望があることを知りながら、結婚に向けて真摯に努力することなく、障害があればこれを率直に告げ、障害を除去するのが困難であれば交際の解消を検討すべきであったにもかかわらず、交際の解消を申し入れるXを引き留めて性的関係を継続した挙句、Xが妊娠したことが判明するや、不安を訴えるXの発言を歪曲し、Xに問題があるとして結婚を拒むとともに妊娠中絶を求めた。これによりXは20代後半の約3年間に渡り、結婚を信じて交際を続けたうえ、初めて身ごもった子の中絶を余儀なくされており、Yのこのような行為は人格権侵害の不法行為を構成する。
Xは、Yとの性交渉の結果として妊娠したが、妊娠中絶の選択を余儀なくされ、これにより多大な精神的及び身体的負担を負うことになったのだから、Yより不利益を軽減又は解消するための行為の提供を受け、あるいはXと等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有する。そのため、Yはこのような行為を行う義務を負っており、これに違反することは、上記の法的利益を違法に侵害するものとして不法行為を構成する。
以上の不法行為による慰謝料の額は、200万円が相当と認められる。
(3)中絶せざるをえなくなったケース
【事案】Xは、訴外Bと同棲婚姻し、離婚するまで肉体関係を持っていた。しかし、Zの運転が原因の交通事故に遭い、頚椎捻挫(ムチ打ち)のため入院治療していた。入院中に妊娠が発覚した。しかし、専門医の合議のうえ、頚椎捻挫の治療を受けながら妊娠を継続し出産することは、母体に精神的、身体的に著しく悪影響が及ぶことが予想され、出生児が奇形児となるおそれがあると判断されたため、やむなく人工妊娠中絶手術を受けることになった。Xは、交通事故の加害者Zに対し、交通事故の損害賠償として、慰謝料100万円を含む約852万円の支払いを求めた。
【判決要旨】(東京高判昭和56年3月25日判タ446号107頁)
Zは、Xが事故後に妊娠したことを前提として、交通事故に遭った女性被害者が受賞治療中妊娠することは一般に予見できないだけなく、治療中は極力解任を避け妊娠中絶の必要が生じることの内容に注意すべき義務があると主張する。しかし、妊娠した日が本件事故日後と断定できないだけでなく、元来妊娠は夫婦間の自然の営みにより日常起こりうる出来事であり、社会通念上もZの主張するような義務が一般に認められるとはいいがたい。そのため、事故前に妊娠していた場合はもちろん、事故後に妊娠したとしても、妊娠中絶による損害は本件事故により通常生ずべき損害の範囲内にある。
そのため、YはXに対して、本件妊娠中絶の治療費約6万円等を支払うべき義務があり、交通事故の慰謝料220万円のほか、中絶の精神的苦痛に対する慰謝料として10万円を加算するのが相当である。
3 中絶慰謝料の相場
中絶慰謝料の相場は、一概に定まるものではありませんが、一応の相場を示すとすると、以下の表のようになると思われます。
原則 | 0円 (そもそも権利利益の侵害が認められないから) |
単に中絶をせざるを得なくなった場合 | 10万円 |
男性の不誠実な対応で身体的負担や精神的苦痛が増大した場合 | 100万円~200万円 |
※あくまで裁判になった場合の相場であり、弊所弁護士に依頼していただいて相手方の交渉をする場合、裁判例以上の慰謝料額をもらえたケースもございますので、まずはご相談ください。
また、慰謝料としてどのような行為や損害が対象になるかによっても異なります。例えば、X(女性、原告)が、結婚を前提に交際し同居していたY(男性、被告)から一方的に婚約破棄されたとして、①不法行為又は債務不履行による損害賠償を求めたほか、②人工妊娠中絶費用等を立替払いしたとしてその支払を求めたケースがありました。
二人は親密な男女関係を前提に同居生活を送っており、婚姻届の「夫になる人」欄に被告が署名していました。
裁判所は、このような事実関係の下において、遅くとも婚姻届作成時までにはXY間で婚姻予約が成立していたと認めた上で、Yは訴外Cと婚姻したことでXY間の婚姻予約を一方的に破棄し、同破棄につき正当理由もないから被告は不法行為責任及び債務不履行責任を負うとして①慰謝料200万円を認めて賠償請求を一部認容しました。
一方、人工妊娠中絶費用につき被告が当然に負担すべきであるとか、被告がその全額を負担する旨を約束したとはいえないとして、②立替金請求は棄却されました(東京地判平成29年12月4日平28(ワ)41492号)。
このように、中絶それ自体の慰謝料としてではなく、婚姻予約の破棄として慰謝料が認められることもあるため、ケース・バイ・ケースということができるでしょう。
一方、人工妊娠中絶費用につき被告が当然に負担すべきであるとか、被告がその全額を負担する旨を約束したとはいえないとして、立替金請求は棄却されました(東京地判平成29年12月4日平28(ワ)41492号)。
このように、中絶それ自体の慰謝料としてではなく、婚姻予約の破棄として慰謝料が認められることもあるため、ケース・バイ・ケースということができるでしょう。
4 慰謝料以外に請求できる費用
中絶の慰謝料が認められる場合(=男性が他人の権利利益を侵害したといえる場合)には、人工妊娠中絶の手術費、中絶前後の診察費、診察のための交通費、中絶手術による入院費などの費用を、男女等しい割合で負担すべきとして、1/2の割合で男性に請求することができます。
また、人工妊娠中絶による後遺症がある場合、その慰謝料や治療費を請求することもできる余地があります。もっとも、これは上記権利侵害から後遺症が生ずることが社会通念上相当といえる場合(④因果関係が認められる場合)に限られます。
5 慰謝料請求の流れ
慰謝料を請求する方法は、必ずしも裁判手続きなどを利用しなくても自由に行うことができます。
まずは請求したい相手に慰謝料を支払ってほしい旨を伝えます。
任意の請求や交渉では折り合いがつかず応じてもらえない場合や、一度合意が定まっても相手が翻意するなどして慰謝料を支払ってもらえない場合には、裁判などの法律上の手続きを用いることになります。
6 慰謝料の請求に必要な証拠
慰謝料を請求するためには、慰謝料の支払いを求める側が、加害者の故意や過失、発生した損害、因果関係などを立証しなければなりません。
既婚者である妻が、既婚者である男性と性交渉をして妊娠したものの男性が妻との話合いに応じないなどの態度を取ったため出産を断念して人工妊娠中絶手術を受け、妊娠と中絶による経済的損害を受けたほか、不眠症、嘔吐症、自律神経失調症等に罹患して身体的精神的苦痛を受けたとして、男性に対し不法行為に基づく損害賠償を求めたケースがありました。
しかし、男性の精液検査の結果、自然妊娠の可能性はほぼないこと、妻には配偶者がいることなどの事実によれば、妻が妊娠した胎児の生物学的な父が当該男性であるとはいえず、男性にほぼ生殖能力が認められない状況下では、男性の言動をもって男性が胎児の生物学的な父であるとも推認できず、男性には、胎児の父として妻の身体的精神的苦痛、経済的負担といった不利益を軽減、解消、分担するための行為をすべき法的義務は発生しないから男性は不法行為責任を負わないとして、裁判所は請求を棄却しました。
このように、中絶による慰謝料を請求するためには、
・加害者が妊娠の原因となっていること
・加害者が妊娠や中絶について協力するべき立場にあるか
などを立証する証拠を集める必要があります。
7 弁護士に依頼するメリット
弁護士に依頼するメリットは様々あります。
大きなメリットは、慰謝料をそもそも請求することができるか、請求するためには何が必要かなどを確認することができます。
証拠が十分に揃っていない状態で交渉を行うと事後的に不利な立場に置かれたり、一度裁判に負けると同じ内容の慰謝料請求ができなくなったりするため、慰謝料請求を行うには万全の準備が必要です。
この準備として具体的に何が必要なのかは、ケース・バイ・ケースであるため、専門家である弁護士と相談しながら準備を進めていく必要があります。
8 中絶慰謝料の請求は、慰謝料請求を多く取り扱う大阪市・難波(なんば)・堺市の弁護士法人法律事務所ロイヤーズ・ハイにご相談ください。
中絶で慰謝料が認められたケースも認められなかったケースも様々あります。
中絶の際の慰謝料もその事案によって異なるため、一概に定めることはできません。
慰謝料を請求できるのか、自分のケースではどのように証拠を集めて、どのような流れで慰謝料を請求するべきかなどを弁護士などとよく確認しましょう。
中絶慰謝料の請求は、慰謝料請求を多く取り扱う大阪市・難波(なんば)・堺市の弁護士法人法律事務所ロイヤーズ・ハイにご相談ください。
このコラムの監修者
田中 今日太弁護士(大阪弁護士会所属)弁護士ドットコム登録
弁護士法人 法律事務所 ロイヤーズ・ハイの代表弁護士を務める。 大手法律事務所で管理職を経験し、また100人以上の方の浮気、不貞、男女問題に関する事件を解決。 お客様を精一杯サポートさせていただくことをモットーとし、 豊富な経験と実績で、最善策の見通しを即座に迅速かつ適切な弁護活動を行う。